化学業界の課題について現役の大手化学メーカー営業マンが思いつく限り語り尽くすページ。以下の観点から見ていきます。
- 化学業界全体の課題
- 日系化学素材メーカーの課題
- 化学メーカーのあるべき姿、課題に対する解決策
以前に書いた記事「3分でわかる化学業界。今後の動向と将来性まとめ2016年版」があまりに不親切だったため、今回は誰にでもわかるように専門用語を使わず、でも詳しく書いてます。
就活や転職の面接で私なら必ず「化学業界の課題はなんだと思いますか?対策と共に教えてください」と質問します。この質問であなたの志望度合いや、どこまで化学業界に対して考察できているか、確かめることができますからね。
※私はすでに面接官からもリクルーターからも外れて、みなさんとお会いする機会は無いですけど…就活・転職の業界研究にお役立てください。
この記事の目次
化学業界の課題①メーカーの数が多すぎる
東証一部上場企業だけでも「業種:化学」に該当する化学メーカーはなんと140社もある。それだけ分野が広い業界だという見方もできるが、明らかに存在意義のない会社もある。会社の数が多いと、どうしても事業領域のかぶる似たような会社が多くなる。結果、似たような会社の間で競争が激しくなり値段が下がりロクなことにならない。
存在意義のない会社とは!?
ちなみに存在意義のない会社とは商品やサービスに特徴がなく、いなくても誰も困らない会社のこと。ここで社名を出すのは控えるが、商品と決算数字を10年分見ればすぐにわかる。具体的には利益を出していない会社が該当する。
いくら世界シェアNo.1の商品を持っていようと稼いでいなければ虚しいだけ。中国メーカーのように赤字で売って過剰に生産能力を増やしまくれば、必然的に世界シェアNo.1になるのだから…採用担当者のセールス・トークにだまされてはいけない。
必ずあなたの頭で「なぜこの会社は利益が出ているのか?もしくは出てないのか?」よく考えること。考えても分からない場合は会社説明会やOB訪問で必ず質問すること。
《化学業界に限らず、誰にでもできる商品やサービスを提供している会社は多い。楽天やリクルート、サイバーエージェント、数あるネットニュースメディアが代表的》
この課題に対する解決策
やっている事業の被っているメーカーは統合されるべきだ。もしくは各社で出資して合弁会社を新たに作っても良い(昔から使われる常套手段、もっと進んでもよい)。
化学業界の課題②日系メーカー同士の競合が激しすぎる
「世界シェアトップの日本企業と製品(化学素材)」でまとめた通り、日系化学メーカーだけで世界シェアの半分を超えるような素材は多い。たとえば、そのうちの一つである「フォトレジスト業界」で考えてみよう。フォトレジスト業界は日系5社(JSR、東京応化、信越化学、富士フィルム、住友化学)で世界シェアの8割超を持つ材料。
例①フォトレジスト業界の課題
まるで日系メーカーの独壇場のように見えるが「フォトレジスト業界」の何が問題だろうか?
それは日系メーカー同士でパイの食い合いをしていることだ。自社の利益を守るため、どのメーカーも拡大しないといけない。するとどうなるか?競争過多になり商品の値段が下がり、利益を削らないといけない。
韓国や中国メーカーと戦うならまだ分かる。でも日系メーカー同士で互いに身を削って消耗することに何か意味があるのだろうか!?
この場合、喜ぶのは安くて高品質な材料を買えるインテルといった海外の半導体メーカーになる。つまり、日本の利益をインテルに献上する形となっている。日本全体を一つの企業とみたらトータルで損しているのだ。
この課題に対する解決策
メーカーを統合するだけでよい。たとえば日系5社が2社に業界再編されたらどうだろうか?
日系2社で世界の8割シェアを持つと市場価格のコントロールも容易にできる(談合ではない)。ヒューレッド・パッカードに買い叩かれる心配もない。高性能の商品をアホみたいに高く売りつけることができる。10倍にはならないかもしれないが2倍には値上げできる。すると商品価格の上がるインテルは困るが、日系化学メーカーの利益は倍増する。日本という国全体をみたらこちらの方が断然良いと私は考える。
驚くことに、フォトレジスト業界に近い構図となっている商品は多くある。とにかくこの課題に対する解決策は一つしかない。独占禁止法をうまくかいくぐって業界再編を行うことだ。そうすれば日本全体の生産性が上がる。
化学業界の課題③どの会社も変に利益を出している
利益を出すって良いことじゃないの!?と思われるだろうが私は問題だと考える。化学メーカーは大した商品しか持っていなくても、どの会社も大なり小なり利益を出している。競争が少ないニッチ分野を攻めていたり国内ビジネスが主体で安定していたり…といったメーカーが多くある。また上述したように海外企業に買い叩かれていても、利益が出ているため問題視されない。
なぜ利益を変に出していることが問題なのか?
会社が黒字である限り業界再編は行われないからである。会社は危機感を持ったときに初めて何かアクションを起こす。そして業界再編が行われる。最近ではリーマンショック後が最大のチャンスであったが、予想外に速く立ち直ってしまったため今では危機意識が薄れている。そして直近は資源バブル崩壊と円安という追い風で、何もしてなくても稼げる構図になってしまっている。
この課題に対する解決策
メーカーを統合するだけでよい。
ということで私は次の○○○ショックが早くこないか期待してる。
悔しいが本格的にヤバイ状況にならないと業界再編は行われないだろう。私はクビにされても困らないから、日系化学メーカーをさっさと集約し商品を値上げして、日本にカネを集める仕組み(海外からの集金)を作ることが重要だと考える。これは政府・官僚にはできない仕事で企業のトップ同士が決断するしかない。
サラリーマン社長は自分の退職金のことばかり考えてないで、若い世代に何を残せるのか真剣に考えてもらいたい。私のようなおっさんの若かりし頃よりもはるかに、今の若い世代はちゃんとしている。
化学業界の課題④中国の余剰キャパが半端ない
これは特に汎用化学品に当てはまる。中国では一国だけで世界需要と同じくらいのキャパを持っている化学品が多くある。具体的には以下の化学品、数字は感覚的に作っているため正確性に欠ける(申し訳ありません)。
- 塩ビ樹脂(建築の配管などに使う化学品);
中国のキャパで全世界の需要をまかなえる。が、実際には売れていなくて平均稼働率は50%。 - ポリエチレン(容器など);
中国のキャパで全世界の需要をまかなえる。が、実際には売れていなくて平均稼働率は50%。 - ポリプロピレン(容器や自動車バンパーなど);
中国のキャパで全世界の7割の需要をまかなえる。が、実際には売れていなくて平均稼働率は70%程度。 - ポリスチレン(発泡スチロールなど);
中国のキャパで全世界の7割の需要をまかなえる。が、実際には売れていなくて平均稼働率は70%程度。
どんな商品においても世界需要の50%が中国であることを考えると、能力の拡大は妥当かもしれない。でも稼働率50%ではどんなに頑張っても大赤字になる。
中国の余剰キャパは日系メーカーの脅威とならない
これを日系メーカーの脅威と考える評論家が多いが、実際には日系メーカーだけでなく欧米の会社も困っているし、韓国・台湾の企業も困っている、中国人ですら困っている。この問題で真っ先にやられているのは韓国・台湾企業でその次に欧米企業。最後に日系メーカー(特殊品が多いため影響少ない)ということになる。
※ただし上記の汎用化学品は絶対に中国勢に敗北します。
この課題に対する解決策
何もしてなくても中国勢はいずれ自滅する。
まぁ中国企業の中でも稼働率90%の会社もあれば稼働率10%の会社もあるので、中国の中でも業界再編がすすみ、まともな数社だけが残ることになるだろう。化学業界は中国のせいで明らかに供給過剰になっている。※化学業界だけでなくほぼ全ての業界に当てはまる。
>> 3分でわかる鉄鋼業界。今後の動向と将来性まとめ2016年①世界情勢
化学業界の課題⑤欧米企業からゴミ事業を買わされる。しかも高値で!!
欧米の巨大企業はM&Aが活発である。最近では米Dupontと米Dawが経営統合を発表したことで、世界トップメーカーが独BASFから交代する予定。昔からこのようにM&Aを繰り返してきた欧米企業はゴミのような事業をカネのある日系化学メーカーに売りつけるのが上手い。
ここでも悪いのは日系メーカー同士のバトル。
欧米企業のゴミ事業買収に手を上げるのは、キャッシュが豊富にある日系メーカーしかいない。そして日系メーカー同士で買い取る値段を吊り上げる、というどうしょうもない状況。かつて三井物産と三菱商事が競って資源権益の買い取り価格を吊り上げていたのと同様の構図である。
たとえば本来、競り合いがなければ100億円で買える事業が、日系メーカー同士で競って1000億円になったりするからアホくさい。欧米企業は100億円の価値しかない事業を1000億円で売れて900億円丸儲け、バンザイ!!日系メーカーはゴミ事業を高い値段で買わされて経営の足かせになる…
この課題に対する解決策
メーカーを集約するだけでよい。
さて、ここでもし競り合う日系メーカーがいなかったらどうだろうか!?
強い立場になるので値下げの交渉ができる。本来100億円の事業が50億円で買える可能性がある。日系メーカー同士で事業領域の重複する会社を再編することには、このようなメリットもある。だから私は何度も日本の化学業界の再編を強く主張しているのだ。事業内容のかぶっている会社は最大2社で十分だ。
化学業界の課題⑥グローバル意識の低さ(現場オペレーター限定)
化学メーカーはグローバル展開を早くから実施してきた業界である。本社はグローバル意識が高くても、問題は製造現場のオペレーターにある。
具体的に考えてみよう。たとえば住友化学がサウジアラビアに巨大な汎用化学品プラントを建設した(通称ラーピグ計画)。ところが当初の予定通りにまったく立ち上がっておらずに苦戦している。
なぜ住友化学は汎用プラントごときの立ち上げに苦戦しているのか?
もちろん工期が遅れたこともあるが、日本の製造現場オペレーションのやり方をスムーズに継承できていないから。新しいプラントを海外に立ち上げるとなると製造現場の責任者のほか、日本のオペレーターをかなりの数、現地に送り込んで現地人の指導をしなければならない。
でも、それに適した現場オペレーターが果たして何人いるだろうか?
答えは誰もいない。ほとんどの日本人オペレーターは会社の命令で渋々と送り込まれている人材であって、サウジになど行きたくない。そんな人材には現地での指導などまるで勤まらないのだ。日系メーカーが海外へ生産拠点を移しても上手くいかないのはこうした理由にある。もはや、海外工場でまともなモノ作りをするのはお手上げ状態だ。
この課題に対する解決策
社長・役員がもっとマジメに働けばよいだけだ。
「工期が遅れてるならプラント会社(日揮・千代田化工)にプレッシャーをかけまくれ!!!!」
「従業員の育成が遅れているなら社長自ら現場に入って指導をしろ!!!!」
そんな低レベルなこともしないで、東京本社で「のほほ〜ん」と座って投資家むけに言い訳を考えることが社長の仕事ではない。そろそろ化学メーカーの社長・役員は「事なかれ主義」をやめたらどうだろうか?
化学業界の課題⑦コンビナート再編が遅すぎる
石油化学コンビナートは日本という狭い国になんと15箇所もある(うち、エチレン・センター13箇所)。大分、水島、鹿島、四日市…とにかくそこら中に乱立している状態。なぜこんなにも各地に散らばっているのか?それは戦後の高度経済成長を達成するための国策だったから仕方ない。
コンビナートは空きが目立つ状況に…
今となっては国内生産拠点を海外に移したり閉鎖する企業が相次いで、石油コンビナートには空きが目立つ状況となっている。スケールメリットが重要な化学業界において、このような状況では価格競争力のある商品を作ることなどできない。
そこで、あまりにも遅い決断だがコンビナート再編の動きが2014年頃から本格的に動きだしている。住友化学は千葉コンビナートのエチレンを止めたし、三菱化学は鹿島、水島コンビナートを再編中。旭化成も水島コンビナートのエチレン生産を止めた。
この再編により石油コンビナートの象徴ともいえる「エチレン」という化学品の生産能力は2015年で731万トンになった(最盛期は800万トン強)。それでも稼働率は平均80%程度であり今後も更なる縮小を予定している。
参考:エチレンの国内生産メーカー
- 出光興産(石油業界)
- 昭和電工
- JX日鉱日石(石油業界)
- 住友化学
- 東ソー
- 東燃ゼネラル石油(石油業界)
- 丸善石油化学(石油業界)
- 三井化学
- 三菱化学
- 京葉エチレン
- 旭化成
なんと11社もある!!しかもこれは日本という狭い国の中でエチレン・プラントを持つ会社である。高度経済成長〜バブル期に石油コンビナートを拡大しまくった国策もあって、こんなアホらしい状況になっている。
この課題に対する解決策
メーカーを集約するだけでよい。
仮に2社で国内すべてのエチレン・プラントを保有していたらどうか?現場工場オペレーターの人数は減らせないが、本社で管理をしたり、購買したり営業する人材は9割減らせるだろう。それだけで日本国内の生産性という観点からすると上がることになる。
化学業界の課題⑧新規事業が決まりきったネタばかり
本当は化学メーカーに「新規事業開発部」「コーポレートR&D」という組織は必要ない。理由は何も生まれないから。開発内容も総じてレベルが低く、どの大企業も決まりきった流行りネタしかない。具体的には次世代有機EL材料とか、次世代電池材料とか、次世代フィルムとか、次世代水処理の材料とか、ナノ材料とか、バイオ系ポリマー開発とか、ジェネリック薬品とか…とにかくデカイ案件ばかり狙っていて、気づいたら日本人はみんな同じ方向を向いている(失笑)。
なぜ新規事業は決まりきったテーマばかりやるの?
確かにこういった「流行りモノ案件」をやってればCTO(技術最高責任者)は社長に説明し易いし、投資家にもウケがよい。でも新規事業開発とは「流行りネタ」をやる大学サークルではない。もっと多様性を持たせるべきだ。
もしくはカネだけ使って何も生み出さないコーポレートR&Dを廃止して、大学や産業総合研究所(産総研)にカネを払って新規開発をやらせるほうがまだマシ。
この課題に対する解決策
日本は企業から大学にカネを投入してもっと大学を強くし、いっぽうで企業の新規事業開発は弱くしていくべきだ。←いずれこういう時代になるだろう。
>> 化学メーカーにおけるコーポレートR&Dのしょぼさについて語った記事
化学業界の課題⑨営業マンがモノの価値をわかってない
営業についても苦言を呈する。化学メーカーは得てして原価積み上げ方式の価格を用いる。具体的には原価が50円/kgだから、売値は70円/kgが妥当かなぁ…もしくは市況価格が70円/kgくらいだから、それくらいにしておこうかなぁ…といった具合で適当に値段を決める。
ところがこれは非常にマズイ。
価格とは本来、モノの価値に対して客が払うであろうマックスの値段をつけるべきだ。だから営業マンは「モノの価値」をよく理解しておく必要がある。Aという特殊商品は市況の100倍の値段で売り、Bという汎用商品は市況価格で売る、という感じにしないといけない。
ところがAという市況価格の100倍で売れる商品を作っていても営業マンは価値を分かっていないケースがある。Aを市況価格の2倍でしか売れない営業マンがいる。困ったものだ。
この課題に対する解決策
どの会社においても今売っている特殊商品を適正価格に値上げするだけで毎年、何億円、何十億円という利益が生まれるだろう。しかもただ値上げするだけだから、客に嫌われる勇気を持つだけで労せずしてカネを手にできるのだ。
そのチャンスをみすみす逃して「何か新しい用途を開拓しよう!!!」「効率化のためにSales Force.comを導入しよう!!!」「新しい客をもっと開拓しよう!!!」と言っているのだから笑える。化学メーカー営業はお人好しの集まりかもしれない。もしくは使えないおっさんばかり集まって「事なかれ主義」が蔓延しているのかもしれない。
利益をもたらすネタは足元にあるのにね…
化学業界の課題10. 多品種、少ロット生産
多品種・少ロット生産とは、ちまちましたカスタマイズ商品を作ることで商品の銘柄だけが増える。
日系化学メーカーは客に対して甘すぎる。「スペックを◯◯にしてくれ!」「◯◯に対応してくれ!」というくだらない客の要望にいちいち応えている。その結果、当然のごとく多品種・少ロット生産となる。
多品種・少ロット生産の問題点は何か?
それは生産コスト・管理コストが上がることだ。客がその分の値上げを受けてくれれば良いが「値段も安く、しかも俺の要求通りにスペックを設定しろ!」と言うものだからどうしょうもない。トヨタ自動車クラスの客なら、これだけ横柄な態度をとっても許される。
でも明らかに少額の取引でもこのような無茶ぶりをする、勘違い客が日本には多い。←海外顧客は立場をちゃんとわきまえている。
だから私はそのような客は丁重に取引をお断りする(失礼にならないよう、いろいろと気をつける)。ところが昔から日系化学メーカーは客の無茶振りに対応してきた。その結果、生産コストが上がり誰も得をしてない。
この課題に対する解決策
日本のしょうもない客向けの多品種・少ロット生産を止めるだけで、多くの利益を捻出できるだろう。品種を極限まで少なくし、あまった工数で本当に重要な客だけに力を入れるべきだ。くだらない日系企業に対しては、どんどん取引を切っていくのが正しい方向である(どの企業がしょうもないかは開示しません)。
まとめ
今回は個別企業の話はさておき化学業界全体の課題をみてきました。でも企業によって状況は違うので、やっぱり最終的には細かくみていく必要があります。
まだまだありそうなので、思いついたら追記していきますね。
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いつも楽しくブログを拝見させて頂いてます。
来年、就活を行うのですが、日用品、香料、産業ガス、製薬(開発)業界について知っていることがあれば記事にして欲しいです。