炭素繊維複合材料(CFRP)は今後、どこまで自動車用途に採用されるのか?そして炭素繊維の拡大は鉄鋼業界の脅威となるのか?
就活生からとても良いご質問をいただきましたので回答していきます。
ご質問内容
私は17卒の学生です。就活の話や業界の裏事情など、いつも面白く読ませていただいております。
実は、内定先が鉄鋼業界のため、自動車の軽量化のことでお尋ねしたいことがあります。
すでにプラスチック(炭素繊維複合材)は航空機などで使用されているとはいえ、未だ生産性の問題で価格が高いなどと伺ったことがあります。
そこで、東レや帝人などの炭素繊維メーカーがこうした問題を解決するまで、あとどのくらいの年数だとお考えでしょうか?また、自動車における鉄やアルミとの競争はどのような結果になると予想されますか?
面倒な質問だと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
私が誤解を生むような表現で以下の記事を作ってしまったことが要因かと思わます。
●問題部分の要約:
東レを筆頭に化学素材メーカーが仕掛けるプラスチック攻勢。彼らは本格的にガラスメーカー、アルミメーカーや鉄鋼メーカーに喧嘩を売っている。新規素材はまだ採用にはいたってないが時間の問題だろう。
→鉄鋼やアルミがいかにも無くなるみたいな表現をしてしまいました…
そこで本当に鉄鋼・アルミがすべて炭素繊維複合材料(CFRP)に代わることがあるのか?検証してみました。
炭素繊維複合材料の課題と採用状況
【参考】炭素繊維のメーカーは日系3社(東レ・帝人・三菱レイヨン)でシェア7割強。
炭素繊維の自動車むけ採用状況:
既にちょいちょい採用され始めています。といっても高級車や一部の車種に使われているだけで、自動車業界全体を変えるようなインパクトはありません。
庶民の自動車と産業用トラックに採用されなければ爆発的な伸びは期待できないでしょう。
【参考】炭素繊維、EVやFCVが追い風 トヨタやBMWが採用 日本3社は投資加速
炭素繊維の課題:
「鉄鋼の10倍の強度、4分の1の軽さ」というと聞こえはよいのですが本当は「鉄鋼の10倍の強度、4分の1の軽さ、10倍の価格」とするべき。
①コスト高い
炭素繊維3,000円/kg前後、鉄鋼70円/kg前後。使用量(数量)が鉄の1/4になるとして等価換算すると炭素繊維750円/kg前後。
仮にボディーを炭素繊維複合材に全換えしたとしてどれだけのコストアップになるのか?
【鉄鋼0.8トン/台=5.6万円/台】
【炭素繊維複合材0.2トン/台=60万円/台】
コストアップ約54.4万円/台!!
これは自動車メーカーからすると「出直してこい」というレベル。
今後、コストがめちゃくちゃ下がったとしても限界値は500円/kg(根拠なし、高級アクリル系繊維の市況感)。ここまでの単価で売れるようになれば普通車への拡大も十分に可能。←鉄の使用量の1/4なので等価換算125円/kg。
これには30年くらいかかりそう…アクリル繊維を作って超高温で焼く、というプロセスである限りは達成不可能なレベル。
結局、現段階では鉄をすべて炭素繊維に代えると車体価格は少なくとも50万円以上あがる。プリウスやフィットが50万円以上も値上がりしたら誰も買わない。値段関係ない高級車でしか売れないでしょう…
②成形が難しい
形を作るのが鉄やアルミに比べて難しいため、使える場所が限られてしまう。これは10年くらいかけて改善されていくでしょう。
③自動車メーカーの材料認証に時間かかる
これには通常10年以上の年月が必要。ボディーならボディー、フレームならフレーム、電子部品なら電子部品、窓ガラスなら窓ガラス。それぞれの材料で認証を取らないと自動車メーカーには納入できない。
そしてボディーなど重要な部材であればあるほど性能評価・安全性評価に時間を要する。したがって炭素繊維の採用拡大はすぐには難しい。
帝人は「米国GMからの材料認証がおりた!!」と宣言していますが、どの部品・部材で認証おりたかが重要。
その重要な部分を公表してないということは実際には完成していないということ。他社を牽制したいか株価を上げたいか、どちらかの意図です。
化学メーカーは事実を9割増しで発表するクセがあり要注意。就活生が事実の2割増しでエントリーシートを作るなどかわいいものです。
さてここからは数字を基に詳しく見ていきましょう。
自動車むけ鉄鋼の世界需要予測2020年・2030年
まず鉄鋼が今後どれくらい自動車用に使われるのか?を確認しましょう。
●世界の自動車販売台数2020年予測:9,000万~1億台(2016年7,400万台)
●世界の自動車販売台数2030年予測:1億3,000万台
●自動車むけ鉄鋼2020年予測:8,000万トン(0.8トン×1億台)
●自動車むけ鉄鋼2030年予測:1億400万トン(0.8トン×1億3000万台)
*1台あたり鉄鋼使用量を0.8トンと仮定。実際は普通自動車0.7-0.8トン/台、トラック不明。自動車総重量の7割程度を占める。
炭素繊維の世界需要予測2020年・2030年
次に炭素繊維の需要見込み。
●2016年現在:10万トン/金額2,800億円【自動車むけほぼゼロ】
●2020年予測:14万トン/金額3,900億円【自動車むけ4万トン】
●2030年予測:50万トン/金額1兆4,000億円【自動車むけ12万トン】
【注意】経済産業省の予測を基に筆者推定。【 】内は自動車向け。
鉄鋼需要の1%しか炭素繊維に置き換わらない?
2030年、炭素繊維の自動車むけ需要12万トン。
2030年、鉄鋼の自動車むけ需要1億400万トン。
12万トンを1億トンでわるとたった0.12%(笑)。
炭素繊維は単体では使えず他の材料との併せ技で使用(炭素繊維複合材=CFRP)、炭素繊維の概ね2倍が本来使われる量だと考えます。また重量は鉄鋼の4分の1程度。
炭素繊維1kgでどれだけの鉄を置き換えられるか計算すると「1 x 2 x 4=鉄8kg」。
8倍して置換え率を計算するのが正解。それでもたった0.96%。
2030年の予測時点では炭素繊維が鉄鋼メーカーの脅威にはまるでならない。
ということで炭素繊維が自動車用途で爆発的に伸びるには、まだまだ時間が必要。
炭素繊維の本命は航空宇宙・風力発電・スポーツ分野
炭素繊維はコストが高いので性能重視の分野での拡大が本命。
それがボーイング社をはじめとする航空分野。NASAなどの宇宙分野。風力発電などのエネルギー分野。ゴルフシャフト・釣り道具などのスポーツ娯楽分野。
詳しくは以下のレポートで確認できます。
【参考】経済産業省のデータ
結論
●鉄やアルミがすべて炭素繊維に代わることはあり得ない。30年後にマーケットの10%置き換わればミラクル。
●そもそも鉄やアルミをすべて置き換えようなど、炭素繊維メーカーは全く考えていない(笑)。無理であることは作っている本人が一番よくわかっている。
●世の中の流れは鉄・アルミ・ガラス→化学品。だから100年か200年後には鉄鋼やアルミの30%くらい、炭素繊維に置き換わっているかもしれない。
私たちの生きているうちに鉄鋼が使われなくなることはありません。
ご安心ください。
とてもわかりやすい記事で、疑問も解消しました。ありがとうございました!